いささか旧聞に属する話で恐縮ですが、計5回の「金融詐欺」連載に際して最初に、2025年3月に警察庁が発表した「令和6年における生活経済事犯の検挙状況等について」という調査結果の内容について紹介したいと思います。
この調査は毎年行われているもので、私たちの日常生活における安全・安心を脅かす、さまざまな事件の検挙状況を取り上げています。
具体的には以下の事犯について、検挙件数や相談件数、そして実名等は隠されているとはいえ、代表的な事件の実例も掲載されています。
・消費者取引の安全・安心を阻害する事犯:「利殖勧誘事犯」「特定商取引等事犯」「ヤミ金融事犯」
・知的財産権侵害事犯:「商標権侵害事犯及び著作権侵害事犯」「その他の知的財産権侵害事犯」
・国民の健康や環境等に対する事犯:「環境事犯」「保健衛生事犯」
今回を含めて計5回の連載にて「金融詐欺」について取り上げていきますが、この手の事件に巻き込まれないようにするためには、過去の事例を通じて、犯罪の手口を知っておくことが大事です。
第1回では、日本で起きている金融詐欺の全体像について取り上げてみたいと思います。
金融詐欺の被害額は1,000億円台で年々上昇傾向に
金融詐欺は、前出の調査のうちの「利殖勧誘事犯」に該当します。
私が把握しているもののうち、これら金融詐欺の被害額は年によって大きなブレがあるものの、全体として数字は上昇傾向にあります。
今から30年前の1995年、被害額は455億194万円でした。
直近、私が連続したデータを把握できている年でいうと、2011年から2018年までは、ほとんどの年で被害額は200億円台から600億円台で推移しています。
ところが、2019年に被害額は1,037億円まで増えた後、2020年には4,488億円に急増。2022年こそ157億円でしたが、他の年は1,000億円台の大台で推移しています。
もちろん被害額は、ひとつ大きな金融詐欺が検挙されれば、それだけで被害額が大きく跳ね上がります。
なので、被害額が増えているからといって、必ずしも件数として金融詐欺が増えているとはいえないのですが、もうひとつ別のデータを見ると、非常に興味深いことがわかります。
それは金融詐欺の被害に遭ったと思われる人たちの低年齢化が進んでいることです。
金融詐欺の相談受理件数は3,000件を超える
同調査には金融詐欺(利殖勧誘事犯)の「相談受理件数」の推移が掲載されています。
相談受理件数とは、自分が金融詐欺に遭ってしまったおそれがあるということで、警察に相談した人の数を示したものです。
2016年以降の金融詐欺の相談受理件数は、年によっての上下はあるものの、傾向としては増加しています。
2016年の相談受理件数は1,745件であるのに対し、2024年は3,310件でした。
特に2021年から急増しています。2020年までは1,000件台で推移していたのが、2021年以降は、2022年の2,584件を除くと、3,000件を超えています。
この手の相談は、まだ事件化する以前の行動ですから、その数字が増えているということは、将来、事件化する金融詐欺が増えるおそれがあることを示しています。
また、それに加えて金融詐欺の相談をする人の低年齢化が進んでいることにも注目しておくべきでしょう。
金融詐欺の相談受理件数:60歳以上と50代以下の割合が逆転
私がこの手の金融詐欺について興味を持ち、実際に取材したり、データを調べたりするようになったのは、日本版金融ビッグバンが話題になった1998年前後からなので、かれこれ30年弱になるのですが、当時は「金融詐欺に騙されるのはお年寄り」と相場が決まっていました。
よくある手なのですが、話し相手を求めている1人暮らしの高齢者に近づいて、話し相手をするなかで親しくなり、信用させてから「元本保証で高利回りの商品があるのですが…」と、違法な金融商品を売りつけるのです。
過去の相談受理件数を年齢別に見ると、2016年は圧倒的に65歳以上の相談受理件数が多く、全体の57.5%を占めていました。
これに60歳以上65歳未満を加えると、60歳以上の相談受理件数が66.9%にもなります。それに対し、50代以下の割合は25.6%でした。
ところが、それ以降は年を追うごとに、「60歳以上の相談受理件数」と「50代以下の相談受理件数」の割合が逆転していきます。
特に2021年にかけては50代以下の相談受理件数の割合が増加して72.4%になった一方、60歳以上の相談受理件数は22.1%まで低下しました。
金融詐欺の被害者の「低年齢化」が進む2つの理由
では、なぜこのような逆転現象が生じたのでしょうか?
その理由として2つのことが考えられます。
第1に、「老後2000万円問題」です。
これ自体、今や3%超のインフレ率が続く日本では、本当に老後資金が2000万円で足りるのかといった疑問も浮かんできますが、65歳の夫婦が今後30年生きるとして不足する資金が約2000万円とされた、金融庁の「金融審議会 市場ワーキンググループ報告書『高齢社会における資産形成・管理』」で指摘された内容は、老後の生活資金に漠然とした不安を抱いていた人たちをえらく刺激して、そこそこ話題になりました。
それも、おそらく高齢者ではなく現役世代の不安感を煽ったのではないでしょうか。
というのも、この報告書が発表された2019年以降、相談受理件数の低年齢化が進んでいるからです。
50代以下の割合は、2018年が52.3%でしたが、2019年には60.3%、2020年に71.4%、2021年に72.4%というように、大きく上昇しました。
第2に、SNSなどの媒体を通じて金融詐欺が拡散したように思えます。
当時、コロナウイルスの世界的な感染拡大によって外出が制限される一方、オンラインミーティングなどインターネットによるコミュニケーションが活発に行われるなかで、SNSなどによって資産形成を促すようなネット広告が頻繁に流れてきました。
それも、ある種の広告塔詐欺で、資産運用や投資の分野における専門家の画像を勝手に使って、オンラインセミナーなどに誘導するという手口です。いわゆる「なりすまし投資詐欺」です。
おそらく、資産運用や投資のリテラシーが低いのに、漠然と老後に対する不安感を抱いていた人たちの中には、「この人が勧めているなら大丈夫だろう」という軽い気持ちでクリックした人もいるのではないでしょうか。
この手口は警察庁の公式サイトに詳しく書かれているので、それを参考にしていただきたいところですが、その手口はなかなかにして巧妙で、クリックして自分のSNSアカウントを相手に伝えると、本人になりすました人物からSNSに連絡があり、入金口座を指定され、その口座に入金すると、儲かる話を教えてくれるという流れになります。
出典:警察庁公式サイト「令和6年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状 況等について(確定値版)」
もちろん、入金したとしても、そんなことを教えてくれるはずもなく、「騙された」と思ったときには時遅し、ということになります。
モバイル社会研究所によると、近年、60歳以上のシニア層におけるSNSの利用率が上昇しているという数字が出ていますが、大きく伸びているのはLINEであり、FacebookやX(旧:Twitter)、Instagramも伸びてはいますが、微増です。
出典:モバイル社会研究所「シニアのSNS利用拡大 60代の9割、70代は7割、80代前半は約半数が利用」
そして、なりすまし投資詐欺の多くが出没するのは、FacebookやInstagramです。
結果、50代以下がこの手の詐欺に引っかかるケースが増えているのではないかと推察します。
「騙されるのは高齢者」の思い込みは危険
こうした2つの要因を理由にして、50代以下の相談件数割合が増加する一方、相対的に60歳以上の相談件数割合が低下したものと考えられます。
それだけに、「騙されるのは高齢者」という思い込みは危険です。
年齢に関係なく、誰もが金融詐欺に遭う危険性はありますし、特に昨今はインターネットを介して、年齢など無関係に、詐欺を目論む連中がアクセスしてきます。
だからこそ、自分自身の情報リテラシーを高めることにより、本物と偽物を見分ける目を持つ必要があるのです。
■監修&執筆:鈴木 雅光(金融ジャーナリスト)
岡三証券、公社債新聞社、金融データシステムを経て2004年に独立。投資信託、資産運用を中心に原稿を執筆するのとともに、単行本の企画、ライティングも行う。
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