名古屋でのラジオパーソナリティ時代を経て、結婚を機に上京。
夫婦合わせて月収20万円台という「極貧生活」を経験しながらも、名古屋人気質でコツコツと貯蓄に励み、資産1億円を築き上げたファイナンシャルプランナー(FP)の山口京子さん(1966年3月生まれ)。
ラジオパーソナリティ・イベント司会者からFPに転身したきっかけや、還暦を迎えてこれからどのような人生や進路を目指すのか伺いました。

■山口京子(やまぐち きょうこ)
お金好きが高じて2000年にファイナンシャルプランナー(FP)資格を取得。以来、全国からお金の相談を受ける。計2,500以上のお金と人生の悩みを解決に向けてサポート。テレビやラジオ、講演、書籍、Webなど多数活躍。最新刊に『お金も人生も薔薇色!老後計画』(主婦と生活社)がある。
バブルの絶頂期でフリーの仕事を楽しんでいました
――経歴を拝見すると、大学時代からテレビやラジオに出演されていたとのことですが、もともと芸能関係を目指されていたのですか。
山口 名古屋の一貫校で教育を受け、大学に入った時から事務所に所属しました。
現在も活躍されている、つボイノリオさんや水谷ミミさん、小堀勝啓さんといったラジオパーソナリティに憧れ、そういう仕事に就こうと思ったのです。
アルバイトで、竹中直人さんや松村雄基さんや、亡くなられた本田美奈子さんのイベントMCを担当したり、自分が通っていた大学とは別ですが、名古屋大学の放送サークルに所属しており、名古屋駅に当時あった駅ビル「テルミナ」で、アイドル歌手の巡業を司会をしたりもしていました。
大学2年の頃にはFM三重のレギュラー番組を持っていて、就職する時は東海テレビを受けました。
最終面接まで行ったのですが、そこで面接官から「君ならフリーでもやっていけるよ」と言われ、お調子者だった私は、「じゃ、フリーになりま~す」と言ってフリーになったのが運の尽きでしたね。
1988年はバブル景気にうかれていて、フリーでも十分に食べていくことができました。
レギュラーも持っていて、時間が空いた時には映画を観に行ったりして、気ままな生活をしていましたね。
メインはラジオパーソナリティとイベント司会者で、時々、テレビのレポーターをするという生活でした。ラジオの生放送が終わると毎日、局の用意したタクシーで帰ってました。
上京後、名古屋っ子精神でお金の節約に奮闘します
――名古屋から東京に出てきたきっかけは何だったのですか。
山口 上京のきっかけは結婚です。
「東京でも活躍できるよ~」と周囲から言われて送り出されたのですが、東京はハードルが高い。
TBSのオーディションを受けてスポーツ番組のアシスタントになったのですが、定岡正二さんや局アナがあまりにも面白過ぎて、自分の限界を知りました。
この時、私は29歳でした。
夫は34歳だったのですが、これがライブハウスで歌うミュージシャンで、2人合わせて月収20万円台という生活でした。
それでも高円寺に天井から壁紙が垂れ下がっているボロマンションを借りて、貧しいながらも楽しい生活を始めたわけです。
でも、人生は何が幸いするかわかりませんね。
この時のド貧乏生活の体験があったから、「節約系FP」として世に出るきっかけがつかめたともいえます。
何しろ世帯月収20万円程度で、マンション生活の後に戸建てまで買ってしまいましたから、節約に勤しまなければなりません。
そんな時、書店で出会ったのが、木村佳子先生のFP本だったのです。
名古屋人って、お金を貯める天才だと思うのです。
私が戸建てを購入した時に当てた頭金は、自分が子どもの頃から貯め続けたお年玉でした。
子どもの時にもらったお年玉を預けていた銀行口座の残高を、せっせと増やし続けたのです。
投資も一攫千金ではなくつみたて投資です。
今でも、金、プラチナ、iDeCo(個人型確定拠出年金)にNISA(少額投資非課税制度)、暗号資産からロボアドまでチャンスは逃さず毎月つみたて投資しています。
とにかくコツコツと貯める術は、子どもの頃から身についていました。
――それは家庭の教育による賜物ですか。
山口 実家が名古屋でガソリンスタンドを営んでいて、来店されるお客様との間で行われるお金のやりとりを、子どもの頃から見ていました。
そして、そこには小さな小さな経済圏があったのです。
たとえば近所のお肉屋さんや八百屋さん、お医者さんといった人たちが、実家のガソリンスタンドでガソリンを入れてくださいます。
で、うちがお肉を買う時は、お客様のお肉屋さんで買い、八百屋さんも同じですね。
病気になれば、そのお医者さんのクリニックに行くわけです。
それを見て、小さな経済圏ではありますが、そのなかでお金がグルグル回っていることを、子どもの頃から理解していました。
反面、商売のことはわかっているのですが、会社員が何をしているのか、皆目見当がつかない状態だったのも事実です。

お金で苦労しても、死ぬほどのことではないのです
――今はFPとして活躍されていますが、FP資格を取ってからは、どのようにして仕事を広げていかれたのですか。
山口 FPの資格を取得したのは2000年、34歳の時でした。
2002年からはAll About(オールアバウト)というネット媒体がスタートして、そのマネーガイドに応募しました。
そのAll Aboutで定期的に執筆活動をすることになり、テレビや雑誌でも取り上げてもらえるようになりました。
全国的なメディアで取り上げてもらったのは、2010年4月から2011年9月までTBS系列で放送された「がっちりアカデミー‼」という経済情報バラエティ番組です。
この番組に、専門家「そんとく先生」として出演させていただきました。
FPとしての相談業務も行っています。
FP資格だけでは、相談に来られたお客様に対して、ワンストップで、相談から商品を選ぶアドバイスまでできないため、生命保険・損害保険募集人、証券外務員、宅地建物取引士の資格も持っています。
実際に生命保険・損害保険募集人の資格を取得してわかったのですが、さまざまな金融商品があるなかで、保険ほど誤解されがちなものはないことに気づき、お客様にはきちんとした情報をお伝えするようにしています。
――これから先、どのようなキャリアプランを描いていらっしゃいますか。
山口 この秋から、母校である金城学院大学で、客員教授の立場で金融リテラシーを担当します。
金融リテラシーというと、金融市場の仕組みであるとか、株価や為替などの話が、おそらく頭に浮かぶと思いますが、それよりも一生活者として、お金にまつわる本当に大事なことを伝えていきたいと考えています。
冒頭でも申し上げましたが、私が結婚した時は夫婦の月収を合わせて20万円程度でしたから、お金には苦労しました。
夫はライブハウスで歌う金髪のミュージシャンで、お金に対しては人一倍無頓着。
そのうえ私もフリーの身ですから、一般的に見ればめちゃくちゃハイリスクな夫婦でした。
それでも名古屋人気質の貯め技をフルに活かして、戸建て住宅まで購入し、そのローンも完済しました。
お金で苦労しても、死ぬほどのことではないのです。
最近は、お金に対する漠然とした不安によって、お金はある程度、持っているのに、使えない症候群に陥っている人が結構、いらっしゃいます。
そういう人を少しでも減らすために、私が子どもの頃、ガソリンスタンドに来るお客様を見て実感した、暖かいお金の循環についても伝えていきたい。
みんなの仕事が、みんなの暮らしを支えています。お金は感謝の対価であって、みんながお金を壺に入れて地下深く埋め込んでしまうと、ただの死に金になってしまいます。
お金を使わなければ、お店も続きません。
たとえ手元にお金が残っていたとしても、使う先がなければ、お金は紙切れです。
値切ること、お金を使わないことが正義のように思われますが、より良いサービスを受けたいと思うなら、その分しっかりと「ありがとう」と言ってお金を払いたい。
そういう関係が増えることで、社会全体が少しずつ良くなっていくと信じています。
そして、自分も「ありがとう」と言われるような仕事を続ければ、結果としてお金はついてきます。
だからお金を使うことに対して、必要以上に不安感を抱かなくてもいいんだよ、ということを伝えていけたらなと思っています。
年を取ると金融資産以上に「人的資産」が大事になります
――老後の生活に必要な準備は、ある程度進んでいますか。
山口 以前、出版した『貯金ゼロから始める「新へそくり生活」のススメ』(プレジデント社)でも触れたのですが、コツコツとへそくりとつみたて投資を続けることによって、総資産は1億円を超えることができました。
ただ、年を取ると金融資産が大事なのはもちろんですが、それ以上に大事なのが人づきあいやコミュニティといった「人的資産」だと思います。
たとえば夫の母親は今、一人暮らしですが、日常生活のなかで周りに助けてくれる人が大勢います。
夫に先立たれ、歳も取り、ともすれば孤独な老人のイメージがありますが、実際には全然違います。
それは自分が属する地域のコミュニティに貢献することで、人とのつながりを築き上げることができたからです。
男性は働いている間、仕事上のコミュニティにばかり依存しがちで、働くのを止めた瞬間から居場所を失ってしまう人が少なくありません。
ですから、とにかくさまざまなコミュニティに顔を出すようにした方が良いですし、その足がかりとして、還暦を迎えたら同窓会を率先して開くのも良いかもしれません。
私も還暦同窓会を企画したことによって、今まで眠っていた人のつながりを掘り起こすことができました。還暦になってから親友ができた感じです。
他にも、「落活(おちかつ)」と称して落語をよく聞きに行きます。1日に3回、落語会に行くこともあるくらいです。あとは旅を始めました。
還暦を迎えて、始めたこと、始めたいことはたくさんありますが、一方で止めたこともあります。
まずは、いつも着物なので、スーツを処分しました。続いて仕事柄、さまざまな金融機関に口座を開いていましたが、これも整理することにしました。
金融機関の口座がたくさんあると、困るのは相続が発生した時です。
私としてはまだ先の話だと思っていますが、こればかりは神ならぬ身の知るよしもなく、還暦を迎えた皆さんには、「これからは増やすのではなく、捨てる人生もあるんだ」ということを、最後に申し上げたいと思います。
取材を終えてひと言
20代の「どん底生活」を悲劇にせず、名古屋仕込みの貯蓄術で住宅購入まで成し遂げた山口さんのたくましさに圧倒されました。
単なる節約術の伝授に留まらず、実家のガソリンスタンドで学んだ「お金の循環」や「人的資産」の重要性を説く視点は、FPとしての深い洞察と人間味を感じさせます。
「増やす」だけでなく「捨てる」勇気まで語るその姿勢は、多くの現代人が抱く「お金の不安」を解消する真の処方箋だと感じました。
■取材&執筆:鈴木 雅光(金融ジャーナリスト)
岡三証券、公社債新聞社、金融データシステムを経て2004年に独立。投資信託、資産運用を中心に原稿を執筆するのとともに、単行本の企画、ライティングも行う。最新刊に『銀行の本店はなぜ仰々しいのか? 金融業界の謎』がある。X:@JOYnt_suzuki


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