「世界のナベアツの相方」「スベリキャラ」「やましたパッカー」……。
「オモロー山下」という名前、うっすら覚えている人は多いと思います。
最近テレビで見かけることはあまりありません。
正直に言えば、「あの人は今」枠に入っていると思っていた人も多いのではないでしょうか。
ところが、調べてみると話がだいぶ違います。
オモロー山下は芸能界の第一線から距離を置きながらも、飲食事業の売却や投資を通じて資産を築き、総資産は2億円超とも報じられています。
さらに2026年1月には、22歳年下の一般女性との結婚を発表しました。
芸人時代、相方の強烈なキャラクターの影に隠れていた存在からは、想像しにくい人生の転換です。
出来すぎだろ、と思わなくもありません。
この記事では、借金1,000万円を背負った時代から、うどん屋と投資で人生をひっくり返したオモロー山下氏の「今」を、深堀りしていきます。
オモロー山下とは何者?「じゃない方芸人」からの華麗なる転身

振り返ってみると、オモロー山下氏のキャリアは一言で言えば安定とは真逆です。
むしろ、ずっと不安定だったからこそ、今の場所に流れ着いたようにも見えます。
ジャリズム結成と解散の歴史
オモロー山下(本名:山下栄緑(やましたしげのり)氏は、1991年に渡辺あつむ(後の世界のナベアツ、現・桂三度)とお笑いコンビ「ジャリズム」を結成します。
関西では知られた存在でしたが、いわゆる全国区の大ブレイクとは縁がありませんでした。
ジャリズムは1998年に一度解散した後に2004年に再結成するものの、状況はさらに複雑になります。
相方が「世界のナベアツ」として一気に国民的知名度を得た一方で、山下氏は完全に横にいる人」という扱いとなります。
「オモロー!」という言葉を芸名にまでして食らいつこうとしますが、世間の反応は冷ややかでした。
結果的に、相方が「桂三度」として落語家への転身を決めたことで、2011年にジャリズムは再び解散します。
山下氏に残ったのは、スベリキャラのイメージと、先が見えない状況でした。
異色のキャリアパス:芸人引退から記者へ
ジャリズム解散後も、すぐに道が見えたわけではありません。
2017年に山下氏は突然「芸人引退」を宣言し、週刊誌『女性自身』の記者になります。
正直、この選択を聞いたときは「大丈夫か?」と思った人も多かったはずです。
しかし、「インタビューマン山下」としての仕事は意外とうまく回り始めます。
芸人をやっていたからこそわかる距離感や空気感が、取材では武器になったようです。
現在は芸人に復帰しつつ、ライター、飲食プロデューサー、投資家という、肩書きだけ見るとよくわからない立ち位置で活動しています。
相方・世界のナベアツ(桂三度、渡辺あつむ)との関係
不仲説もありましたが、元相方の桂三度氏との関係は今も悪くないようです。
むしろ、相方が落語というストイックな道へ進んだことで、山下氏も「自分は別の道で生きていく」と吹っ切れたのかもしれません。
お互い別ルートで成功した今、かつてのコンビ格差はもはや笑い話になっているようです。
57歳で彼女と結婚!相手はどんな人?
山下氏は2026年1月29日、57歳で結婚を発表しました。
相手は22歳年下の一般女性(当時35歳)です。
「57歳で35歳の妻」と聞けば「金目当てか?」なんて年齢差だけ見ると、どうしてもざわつきます。
しかし、出会いのきっかけは先輩芸人の宮迫博之氏が「お前は本気で人を愛したことがない」と説教したからだとか。

こうした話も含め、山下氏の「人に可愛がられる力」がある人物なんだなぁと思わされます。
芸人を辞めたオモロー山下は「うどん屋」になった
オモロー山下氏の投資の話に行く前に、避けて通れないのが「うどん屋(山下本気うどん)」です。
というより、このうどん屋がなければ投資の成功もなかったと言っていいでしょう。
「山下本気うどん」誕生の裏側|なぜ飲食で勝てたのか
2012年に東京・目黒で「山下本気うどん」を始めた際、オモロー山下氏に貯金はありませんでした。
そこで今田耕司氏と宮迫博之氏から500万円ずつ、計1,000万円を借りて開業します。

売れていない後輩に1,000万円も集まるあたり、山下氏の「可愛がられ力」は本物です。
しかも、それを2年で完済しているのが凄いところです。
単なるタレントショップにせず、香川で修行して味を追求し、「白い明太チーズクリームうどん」のようなバズるメニューを仕掛ける経営センスもありました。
芸人としてはスベっても、商売の勘所は外さなかったわけです。
山下本気うどんは今どうなっている?
山下氏の賢いところは「引き際」の速さです。
2021年に運営会社の株式会社ガーデンに商標権を売却(EXIT)します。
今は自分でお店を切り盛りするリスクを負わず、プロデューサーとして関わるだけでロイヤリティ等を得る形にシフトしています。
汗をかくビジネスから、座って入ってくる権利収入へ。
この切り替えが資産形成を一気に加速させました。
オモロー山下が投資3年で資産2億円にしたのは本当?その手法とは
うどん屋で手にしたキャッシュをオモロー山下氏はムダに使い果たすことなく、淡々と「株」へ流し込み、億り人になりました。
元手はうどん屋|素人投資家としてのスタート地点
オモロー山下氏は、山下本気うどんの商標権売却などで約1億円のキャッシュを得ています。
これを元手に、2022年から本格的な資産運用を開始します。
投資を始めたきっかけは、オリエンタルラジオ・中田敦彦氏のYouTube動画(YouTube大学)を観たことだといいます。

後輩の動画を見て素直に勉強し、即座に実行に移す。
プライドの高い芸人なら「後輩の教えなど乞えるか」となりそうですが、山下氏は素直でした。
この「素直さ」が、億り人へのパスポートだったのでしょう。
トランプショック級の暴落をどう乗り越えたのか
しかし、投資を始めた時期が悪かったのです。
開始早々に米国株の下落局面(利上げ局面)にぶつかります。
含み損が膨らみ、普通ならパニックになるところですが、ここで山下氏が取ったのが「現実逃避」でした。

あまりの恐怖に「証券口座のアプリを見ない」と決め、情報をシャットアウトしたのです。
結果的にこれが「狼狽売り」を防ぐことになり、その後の株価回復で資産が倍増します。
本人は「握力」ではなく「放置」と言っていますが、結果として勝てば官軍です。
オモロー山下の投資スタイル|株・インデックス・考え方
山下氏の現在のポートフォリオは、実に理にかなっています。
資産の基盤は、S&P500やNASDAQなどの米国株インデックスファンドが良いという考えです。

iDeCo(イデコ/個人型確定拠出年金)と新NISA(少額投資非課税制度)の枠をフル活用し、毎月機械的に積み立てています。
個別株にもかなり積極的に投資しています。
インデックス投資が正解だと頭ではわかっていても、投資の面白さに目覚めており、趣味として個別株も楽しんでいるそうです。

リスク管理も忘れません。
決してフルインベストメント(全額投資)はせず、現金を残す。

これにより、暴落が来ても「まだ現金がある」という心の余裕を持ち、狼狽売りを防いでいるのです。
オモロー山下のネットやSNSでの評判は?
かつて「スベリ芸人」と叩かれていたオモロー山下氏は、今どう見られているのでしょうか?
「一番の勝ち組」という意見
今のネット・SNS上では、オモロー山下氏の評価がガラリと変わっています。
「結局、一番うまくやった」「芸人としてより人生設計が上手い」などと、その立ち回りの上手さを称賛する声が目立ちます。
あの「テスタ」も絶賛
番組で共演した有名投資家のテスタ氏からも賞賛の声がありました。
素人が3年で資産を倍にするというのは、運だけでは片付けられない実績です。
暴落時にも市場から撤退しなかった胆力など一目置くものがあったのかもしれません。
暴落時に放置に関しては思考停止という声も
もちろん、「放置して助かったのは、たまたま相場が戻ったからに過ぎない」という冷めた意見もあります。
確かに、一歩間違えれば大損していた可能性もありますが、長期投資において「売らずに耐える」のが一番難しいのも事実です。
その「鈍感力」こそが山下氏の才能だったのかもしれません。
【まとめ】オモロー山下は芸人時代があったから成功した人物
オモロー山下の半生を振り返ると、決してお笑いの才能だけで生き残ったわけではありません。
うどん屋の資金を借りられた「人脈」、後輩の教えを請える「素直さ」、そして暴落時に相場を見ない「図太さ」。
これらが全部つながって、今の資産2億円超があるのでしょう。
誰にでも真似できる人生ではありませんが、「今やっていることがダメでも、全部が無駄になるとは限らない」という例としては、かなりわかりやすい存在です。
かつてテレビでスベり倒していた男は今、2億円超の資産と22歳年下の妻を手にし、「オモロー!」とオチをつけた人なのかもしれません。
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